おじぞうさん図鑑
神峰山のお地蔵さんの由来については、その昔大師信仰の人たちが祀ったものであると島の郷土史家の金原さんが資料に書き残されている。かつての登山道入り口に手水川(ちょうずがわ)という湧き水があり、その一帯が賽の河原と呼ばれていた。そして賽の河原から登山道に沿って八十八体のお地蔵さんが祀られたと言う。
今は数こそ減り位置も登山道の工事などに伴って動いてはいるものの、山を歩けば赤い前掛けと帽子を付けたお地蔵さんに出会うことができる。1体ずつよく見ていくと、顔も大きさも違う。台座には字が彫られているものがありうっすらと番号や名前とおぼしきものが見えるけれど、ほとんどが磨耗して読むことは難しい。
ひとつひとつにどのような物語が眠っているのだろう。
昔お地蔵さんを作り置いた人たちがどのような願いを込めたのか、それは想像でしか語ることができない。けれど私たちはその願いに思いを馳せながら、自分たちの生きる時代のなかで残されたお地蔵さんとの時間を紡いでいくことはできる。
それは、本来の物語を語る人を失ったすべてのものと私たちの間に起こりうることではないかと思う。
石鎚神社の管理をされている浜田栄子さんが袋いっぱいの小さな赤い帽子と前掛けを携えて観光案内所を訪ねて来られたのは、2020年の12月であった。お話を聞けばそれは神峰山のお地蔵さんのために作ったもので、毎年暮れに山に登って付けていたのが年齢的にも難しくなりその年は私たちに託したいとのことであった。
それで寒さが本格的になる前の12月なかば、観光協会と観光案内所のスタッフ3人で山に入った。神峰山には車で何度も登っていたが、1体1体お地蔵さんを探しながらの道のりは初めてで、こんなにも沢山の表情豊かなお地蔵さんが並んでいたのかと驚いた。そのときは薬師堂に向かう階段沿いにあるお地蔵さんを1体見逃してしまい、後日、「1つ付け忘れとるぞ」と案内所を訪れた河野さん(当時神峰山の管理をしておられた)に残り1体分をお渡しして付けていただいたのだった。
翌年2021年秋、今度は浜田さんが赤い毛糸とはぎれ、かぎ針を持って来られた。その場で毛糸の輪を作り、1段目は何目、その次の段は何目増やして…と実際にお地蔵さんの帽子の編み方を見せてくださる。簡単そうに見えて、はじめて毛糸と針を扱う人にはなかなかに難しい。そこで浜田さんに教えていただきながらみんなで作っていこうという話になり、10月と11月の風待ちの広場でワークショップを行った。
浜田さんは、教え上手だと思う。「おばちゃん厳しいよ」と持ち前の明石弁で言いながら皆に目を配り、しっかりと編み物の基礎が身につくように教えてくださる。最初は何回もやり直して弱気になっていた人も編み方がわかってくると黙々とのめり込んでいく。「そうそう上手じょうず。」「あーできた、かわいいねえ。」そう言われると嬉しくなる。
試行錯誤の末に個性豊かな帽子が出来上がり、12月に観光案内所スタッフと浜田さんとで帽子と前掛けを付けにいった。古い帽子と前掛けをはずしこのお地蔵さんにはこの帽子が合うだろうかと選んだ新しいものを付けると、とたんにお地蔵さんの顔がパッと明るくなったような気がして親しみが湧いてくる。道端に並ぶお地蔵さんを神聖なものや時には少し怖いものとして感じたことはあっても、「かわいい」と思ったのは初めてだった。
帽子と前掛けづくりワークショップはその後の年も続き、2022年からはワークショップに参加された方にも声をかけ、10人前後で賑やかに山道を歩きお地蔵さんのお召替えをするのが12月の恒例になりつつある。
2023年には神峰山のお地蔵さんにある変化があった。年の半ばから行われていた中腹〜第1展望台の道路拡張工事に伴い、工事区間に重なるお地蔵さんが1箇所に集められていた。その中に見覚えのない舟形のお地蔵さんが1体あったのだ。過去の写真を見返してみても見当たらず、他の場所のお地蔵さんが減っているわけでもない。実際に麓から順番に数えてみると昨年まで52体だったのが53体に増えていた。どこから来たのか誰が置いたものなのか、今のところ謎である。
また、イノシシに押されたのか、祠ごと岩の上から落ちて斜面の下の落ち葉の中に埋もれているものもあった。運良く見つけて元の場所に戻せたが、こうして姿を隠して行ったお地蔵さんもあるのかもしれない。
おじぞうさんが増えたり減ったりするという話は浜田さんや河野さんから聞いたことがあった。実際に目の当たりにしてそれは決して過去のことではなくて、これからも起こっていくことなのだろうと認識を改める。そして「今」のお地蔵さんの記録を残していこうと、思ったのである。
お地蔵さん分部図(全体)
山尻と西光寺からのルートが合流してすぐの不動根から、山頂の薬師堂まで並んでいる。
1、不動根〜山ラボエリア
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岩の上に祠があり、2体並んでいる。
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はさみ岩跡、「幻」のお酒がお供えされている。コンクリートで直された顔の表情が印象的。
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手水側入口に昔と変わらず佇む7番のお地蔵さん。
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2、山ラボ〜第1展望台エリア
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この舟形地蔵が、2023年どこからか加わった。
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コンクリートの祠に3体並ぶ。
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かつての手水川沿いにあったものを、信仰のある人が担いで登り新道に安置したという。
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通称 「こげぱん」
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どっしりした体と顔になんだか安心感を覚える。
3、第2展望台〜薬師堂エリア
22〜34(第2展望台から少し先、階段とぶつかるところのお地蔵さん群)
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奥の小さなお地蔵さん。
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コンクリートで直されたへのへのもへじのような愛嬌のある顔。何体か同じ顔がある。
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奥の頭の大きなお地蔵さん。
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一番手前のお地蔵さん。
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右奥、顔の小さなお地蔵さん。
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35〜40(薬師堂に登る階段の途中に点在)
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1年目は、この茂みに囲まれたお地蔵さんを見逃してしまった。
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41〜53(山頂薬師堂前の木の周りを囲むおじぞうさん群)
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47(左奥)、48(手前の舟形地蔵)
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写真奥のお地蔵さん。
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参考文献:「大崎上島の鬼伝説」 再話編集 波紋を創る会 金原兼雄
文・地図 てるい ひろえ
写真 そりおか かずひろ