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バスに乗った日


 

仕事のような、休日のような、旅のような。

現実のようで夢のようで、そのどれでもないあわいの時間だったのかもしれない。

島をぐるっと回るバスに乗って過ごした1日のメモと記憶です。

 

 

さんようバス右回り

10:16大崎上島町役場 乗車

 

買い物帰りのおばあちゃんたちが前後の席に座って振り向きながら話している。

遠足を思い出す、なつかしい大型バスの匂い。

車窓から見上げるクレーン。

片側の壁だけレンガづくりの建物。

色とりどりの洗濯物。

カーブの多い海沿いの道では、あっというまに景色が遠くなっては、また近づいてくる。

 

 

       

 

いちばん眺めのよい最後列の窓際に座っていたら、酔った。

目線をなるべく遠くへ。

冬でも瀬戸内海の海はおだやかだ。

曇りの日の水面は白く光っている。

白い石の海岸とベンチ、小さな無人販売。

 

 

10:36木江支所 降車

 

私が降りる前に、おばあちゃんが1人が降りていく。

あとの2人に「じゃあ、またね」と言って。

 

喫茶店Teteさんへ。

木江のこの通りに新しいお店ができたのは30年ぶり、いや50年ぶりだという人もいて、いったいどれが本当なのかわからない。

でもそれだけ久しぶりのことで地域の人たちも喜んでいるのが伝わってくる。

 

店主の吉岡さんへお届けもの。

ホットゆずを飲みながら吉岡さんおすすめの絵本を読む。

ペルーで手に入れたという人形は、赤ちゃんやアルパカを大事そうに抱いている。

 

 

 

 

外の庭に出て椅子に腰掛ける。

茂みの鳥の鳴き声だけがやけに響いて耳に入ってくる。

目の前の砂浜におりると、足元には、シーグラス、陶器のかけら、貝殻、石、小さなタイル。

色も形も素材も違うものたちが、海に洗われ波に運ばれて、お互い関係があるようなないような距離感でそこにある。

その景色をなるべくそのままにしておきたくて、足元に気をつけて歩く。

沈まないように雪の上を歩くときと、同じ感じ。

そっとそっと。おじゃましました。

 

 

 

 

11:58 天満桟橋 乗車

 

今度は酔わないように、いちばん前の席に座る。

乗客はわたし1人、貸し切りだ。

にわかに暗くなった空からパラパラと雨がふってくる。

フロントガラスにポツポツついた雨粒が、海の向こうの島に重なって白く星のように見える。

 

 

 

 

「さっきも、乗っとったねえ」

と運転手さんが言う。

はいさっきも、乗ってましたと答える。

聞けば、右回りのバスは1日ずっと、同じ人が運転してるのだそうだ。

「今日あと2回乗るんです」と言って、お世話になりますと伝える。

運転手さんも「それはそれは、よろしくね」と答える。

相変わらず他に乗客のいないバスの中で運転手さんと話し続ける。

去年まで山ほどみかんが並んでいたのに、今年から何も並ばなくなってしまった無人販売の前を通る。

「昔ここまで、安芸津からスーツケース持ってバスに乗ってまで、みかん買いに来るおばちゃんたちがおったんだけどねえ」

 

 

12:18田村医院 降車

 

「次の発車の時間は知ってる?」「明石港の中にバス停めとるけえね」

運転手さんはもうすっかり旅の相棒だ。

バスはここで1時間休憩。私もお昼ご飯を買いに行く。

 

明石の細い路地を通って、明石ストアーへ。

お惣菜を選ぶ。

今日はおから炒り、ばら寿司、天ぷら、八宝菜が並んでいる。

「煮豆はもう売り切れちゃった」とお店のノリちゃん。

じゃあ、ばら寿司と、八宝菜をいただきます。

 

来た時と同じ路地を通って、港まで戻る。

黒漆喰の立派な塀と門のお家。

片翼をなくした鋳物のカラス。

薬屋さんの前に、来るときにはなかったシルバーカーが停まっている。

店の中からは「ヤッホ」「ヤッホー」と声が聞こえて来る。

店を覗くと、シルバーカーの主と思われるお客さんは店の奥に向かって、ヤッホ、ヤッホと叫んでいる。

お昼時だから、きっとお店の人も奥でごはんを食べているのだ。

5回目か6回目のヤッホーの後にお店の人の「はあい」という声が聞こえて、常連さんとの世間話が路地に響いてくる。

 

 

 

 

あと5分で、下島からフェリーがやって来る。

明石港の波止場に座って、お惣菜を広げながら、フェリー「第五かんおん」が近づいてくるのを眺める。

「もうすぐ、明石港です」船内のアナウンスが聞こえる。

今年の5月で、この明石—小長間のフェリーは廃止になることが決まっている。

 

(その後、フェリーの存続が決定。

これからも第五かんおんは、通学の学生やみかんを積んだ農家さんを運んで大崎上島ー大崎下島を行き来する。)

 

 

 

 

13:19 明石港乗車

乗客はまたもや、私1人。

 

 

13:38 六軒口 降車 

しばらく歩きで移動。

星と陽さんへお届けもの。

 

 

向山へ向かう途中、土砂崩れのあった道路沿いの斜面を工事している。

車は信号で片側交互通行。歩行者は、迂回路へ誘導される。

「はい、ここ渡って、あっち通ってね〜」家の海側にまた道が現れる。

鵜が水面ギリギリ飛んで行くのがみえる。

「じゃ、ここ、渡ってあっちがわ戻って」

迂回路が終わると、反対側の歩道に渡る足元のアスファルトには白線で描かれた梯子みたいな線。

「急遽描いたけえね」誘導のおじさんがはにかむ。

線を踏まないように、まばらなリズムでタンタッタと渡る。

できたての、今だけの横断歩道。

 

 

 

 

14:15  大崎郵便局

郵便局の外のベンチに座って手紙を書く。

手紙と言っても仕事の書類のやりとりなのだけど、年に1回遠い雪国から仕事を頼んでくれるその人のことを思って、言葉を綴る。

 

つなぎを来たおじさんが軽トラから降りて、「なんまんだぶなんまんだぶ」とつぶやきながら郵便局に入っていく。

年賀状のお年玉当選番号の紙を持って出てきたおじさんは私の前で立ち止まるとこっちを向いて、「生きるには、今しかないけえね」と言う。

唐突に投げかけられた禅問答のような言葉に困惑する。

「あれ、私、今しかない今を生きれてたっけ…」などと自問自答している間におじさんは軽トラで去っていく。

そしておじさんは戻ってくる。

オレンジのみかんカゴを持って、ベンチに座る私の膝の上でカゴを逆さにする。

ゴロゴロゴローっとみかんとレモンが落ちてくる。

葉っぱも一緒に落ちてくる。

私は必死で受け止める。

みかんが1個こぼれて転がっていく。

おじさんは転がったみかんを拾って私に渡すと一言、

「農薬は、一切使ってないけえね」

決め台詞を言って去っていく。

おじさんは再び軽トラで戻ってくる。

「あんた、どこのひと?」

「○○(今住んでる地区)です」

「知らん…」

知らんのかい…。

おじさんは去っていく。

もしかしたらおじさんと私だけが無限にループする世界に紛れ込んでしまったのかもしれない。

まずい、早く抜け出さなければ。

私は急いで手紙を書き上げ、窓口に出しに行く。

おじさんはもう戻って来なかった。

 

 

歩いて移動。

商工会で用事を済ます。

 

 

図書館に向かう途中、一正堂さんに吸いこまれるように入る。

正面のショーケースには定番のレモンケーキ、そして両脇のケースには、ブランデーケーキとマロングラッセ。

迷った末に、ブランデーケーキとマロングラッセを、喧嘩にならないように2つずつ買う。

 

 

 

 

夕暮れに近づく図書館はなんだかいつもより人が多い。

街路樹の影が芝生に伸びている。

道路沿いに1台のバスが停まっている。

やがて外がにぎやかになって、小学校帰りの子どもたちがバスに乗って帰っていく。

 

 

16:22 大崎海星高校 乗車

下校の高校生や買い物帰りの人も、一緒に乗り込む。

夕方のバスは暮らしの匂いがする。

 

長島の方に、夕陽が沈んでいく。

海の上をさわさわと、小さな葉っぱのようなものがかけていく。

葉っぱはどんどん集まってきて、波のような模様を描きながら、大きな塊になっていく。

塊は海に潜って、またざっぱーんと出てくる。

大きなクジラだ。

体を大きくうねらせて、海の上を進んでいく。

目だけがじっとこちらを見ている。

私もじっと、クジラをみつめる。

くじらのしっぽに夕陽が当たって、チカチカと光が反射している。

光が一つ、また一つクジラの体を離れていく。

クジラの体がほどけるように、バラバラと散らばっていく。

よく見るとそれは小さな魚で、私は思わずその1匹を両手で包み込む。

魚は私の手の中で動いている。

くすぐったい。

少し手を緩めると、指のすきまから、うすもも色やヒスイ色の鱗がポロポロとこぼれて飛んでいく。

手をひろげると魚はもういない。

さっきまでクジラがいた海には無数の鱗が漂って、虹色の光を海の上に浮かべている。

やがて夕陽が沈むとそれは見えなくなった。

 

 

 

 

16:36 大崎上島町役場 降車

帰宅。

 

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「バスに乗った日」

文 てるいひろえ

 


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